ヰンダルジェンス

はやく主人公になりたい。(日々を可能なかぎり文学的に書き残す、私なりの彼との全記録)

痛み分け (前)

自分の棲む場所が地獄だと思い出した夜でした。

 

ここのところご主人はずっとバタバタしておられます。諸々順調ではあれど、瑣末なことに悩まされなんだかピリピリとしておられる。「赤ワインが飲みたい」と仰るので仕事帰りに少しいいワインを買って帰り、いくつかツマミをつくりご主人の帰宅を待ちます。今日は金曜日、少しくらい酔って気持ちよく眠りたい。そんな穏やかな夜、

であるはずでした。

……最初の一発が身体のどこに落ちて来たのか記憶がございません。私たちはしこたまアルコールを飲み、酷く酔っていました。でもはっきり覚えています。ご主人が私の体に酷い蹴りを入れた瞬間、喜びが身体を駆け抜けていきました。

▼翌朝の私の太もも

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私は暫く叫びながら殴打を受け止めていました。いやだ、いたい、やめて、こわい。ご主人の高笑いが遠くに聞こえます。髪をつかんで引き回し、首輪のリードを引き上げ立たせ、壁に押し付け腹を殴ると私は再び頽れる。どれだけ冷酷に立てと言われても立ち上がることすらできず、ご主人が手を振り上げた瞬間私は顔を背けて震えて自分の体を守りました。

快感のかけらもない、セックスを主旨とも目的ともしない、純粋な暴力と破壊行為。ご主人の声が裏返ります、「アリス」「怖い?」「かわいいねえ」「痛いの」「泣いてるの?」歔欷、哄笑。

ついには声すら出なくなりました。何度も何度も平手を打たれ、左の頬は見事に腫れあがり感覚すらあやふやに。壊れたように視線は下がって私はさけぶことすらできなくなりました。

 

ああ、体が、動かない。

 

ぼろぼろ泣きながら視界が滲む、殴打、痛み、息が詰まって苦しい感覚、それでもピクリとも指先は動かず――私はここで「レッド」と叫ぶべきだったのでしょうか。細胞まで刷り込まれたセーフワードを口にしてご主人を止めるべきだったのでしょうか。

私にはそれができませんでした。堪らなく痛く堪らなく恐ろしいのに全身は明らかな性的興奮や悦び、そして彼への母性的な愛情で煮え立っていました。辛うじて出た言葉は、「すき」「だいすき」、それだけ。彼は満面の笑みを浮かべ私の頭を撫でました。

 

殴打がやんだ瞬間、弾かれたように私の体は動きはじめました。逃げよう、逃げよう、逃げよう。倒れ臥した体を起こしても、足は震えて使い物になりません。腕の力だけで這いずり壁の陰に隠れようとする私のリードを、彼は逃すまいと引きました。しかし死に物狂いの私は動きを止めません。首に食い込む赤い首輪が脛骨を圧迫し震えます。耐えかねたご主人は笑いながら私の背後に近づき――無慈悲にその背中を踏み潰しました。

「おいなに逃げてんだよ」「逃げるなっていっただろうが」「ふざけるなよ」「かわいいね」。

「ごめんなさい」「ごめんなさい」「ごめんなさい」「ごめんなさい」「ごめんなさい」「ごめんなさ

 

 

そこで記憶は暗転します。そのあとどれ程の時間殴られ蹴られていたのかはわかりませんが、私たちは洗面所とお手洗いで吐き散らかし、どうしようもなくなったその後、ベッドで泥のように眠りました。

 

次の朝、覚醒しても目が開きませんでした。ぐちゃぐちゃに泣いたのと、何度も顔を殴打されたせいで、目の周りが腫れ上がっていました。ぼろぼろの顔を見られたくないと氷枕で目を冷やしはじめた私を抱き寄せ、腕を退けて、ご主人は慈愛に満ちた顔でまた「かわいい」と仰いました。

 

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これが翌朝のご主人の腕。私を殴りすぎたせいで、右の手首の外側が赤く腫れ上がって痣になっておりました。どうやら痛み分けのようです。

 

長くなりますので一度この辺で。もう少し精神的なお話は次回といたしましょう。