ヰンダルジェンス

はやく主人公になりたい。(日々を可能なかぎり文学的に書き残す、私なりの彼との全記録)

その呪いに祝詞を

サディズムマゾヒズムは呪われた性癖です。人を虐げ殴り海綿体に血液が送られるのも、骨が軋むほど頭を踏まれながら子宮が下がってくるのも、気持ち悪くておぞましい。決して誇れるものでも美しいものでもありませんし、そんなもの、持っていないならいない方が良い。SM行為にエロティシズムは感じても、憧れるのはお門違い。ましてや自分でやってみようと考えるなんて、愚かです。

そうとわかっていながら、組み敷かれる喜びと、被虐と、屈辱とを愛し、醜い私を肯定する形でしか愛情を喰らえない私を、かわいそうないきものと人は嗤うのでしょうか。

 

高校生の頃です。私は書きたい小説の構想を練っていました。

主人公は17歳の少女、彼女は非常に高圧的で、容姿も優れ、成績も優秀。しかしどうしようもなく歪んでいる。手に入れたい男を見つければ文字通り"なんでも"する。彼女はわざと男を怒らせ、暴力を振るわせ、その罪悪感と湧き上がる快感に溺れさせようと画策する。一方彼女に嵌っていく大人の男は、理知的で穏やか。徐々に彼女の策に堕ち、加虐による愛情の確認に快感を見出していく。

物語の中で男は古くからの友人にこういいます。「俺は彼女を叩いたよ、平手で一発。しまったと思った。取り返しがつかないことをした、どれだけ彼女が非道なことをしても手をあげちゃあいけない。肩が震えて、彼女は顔を背けてた。真っ青になったさ、ああこれで終わった、全部台無しだ――次に顔を上げた時に彼女は俺に言ったんだよ、初めてこう言った、"愛してる"」

その物語を読んだ友人らは私を批判しました。ありえない、理解できない、恐ろしいと。私はこれを純愛のつもりで書いていたのです。なんとなく、自分の性癖が少しおかしいのは気づいていました。でもその時が初めてでしょうか。暴力を"振るわせる"こと、それが快感であること、張られた頬に手を添えて流れる涙で皮膚をひりつかせながら愛していると囁くことはおかしいことなのだと、私は深く自覚をしたのです。そうして、人と長い時間をかけて信頼を築き、全てをぶちまけて愛し合うことを諦めていきました。

 

思えば私はずっと"そう"でした。ごく普通に愛し合うことで喜びと幸せを見出せる人と付き合っては、彼らを地獄のように苦しめてきました。振り回し追い詰め不安にさせて依存させて――それと同時に私は激しい良心の呵責を感じていたのです。それは嘘ではありません。でも、誰一人として私に手をあげる人はいませんでした。容赦なく頬を叩いて髪を掴んでくれる人なんて世の中にはいなかったのです。だから私は蓋をしました。自分の欲望や、幸せに蓋をして鍵をかけ、その鍵を放り出しました。

 

突然私の世界に現れたKに対し、私は「彼は私に興味がないだろう」と評していました。一方の彼は、私の写真を一目見た時からこの人と深い関係になるだろうと思っていたと言うのですから驚きです。

過去の記憶は美しい方へと改竄されていきますから定かではありませんが、私も会った瞬間からきっと彼に惹かれていたのだと思います。ただ、私の自信の無さと、呪われた性癖がその思いにストップをかけていました。

私が欲しいのは、もっと暗い、もっと悲しい、可哀想な支配者。こんなに美しくて、まともそうで、みんなに愛され真っ直ぐ育ってきたひとが、私のことなんて愛して、飼い殺してくれるはずがない。彼は私に不釣り合いなほど素敵でした。優しかった。聡明で、一体世の中の誰がこの人を放っておくだろうかと本気でそう思いました。もちろん、今でも。――こんなに素敵なひとが私のことなんて愛してくれるはずもない、きっとこれは全て夢なのだと、時々本気で思います。

だから、嬉しかったのです。彼が呪われた性癖の持ち主であったことが。彼もまた、その呪いを封じ込めて生きて行こうとしていたその事実が。それでも、私と出会ったことで呪いの詰まった箱をもう一度開けてくださったことが。私の箱を、ハンマーで叩き壊してくれたことが。なによりも嬉しかったのです。

 

ご主人様、私のご主人様。そのパンドラボックスを開けてくれてありがとう。あなたは普通に生きていく選択をしなかったのね、よかった、よかった。明るくて美しいあなたの隣には私はいられないから、汚くて卑しいあなたがそこにいてよかった。

 

神様に会ったら私は彼の胸ぐらを掴んで唇に噛みつきキスして感謝を述べることでしょう。「彼に罰としてあんな呪いをかけたんでしょうけれど、逆効果だったわねお粗末様。ありがとう」

 

私たちの呪いが私たちを結びつけたのなら、私はその事を祝わずにはおれません。K、あなたはどうかこのまま、永遠に呪われた存在であってちょうだいませね。その祈りが私の愛の言葉として、祝詞として、響き続けますように。