ヰンダルジェンス

はやく主人公になりたい。(日々を可能なかぎり文学的に書き残す、私なりの彼との全記録)

わたしには青が見えない

9月になりました。Kと出会って既に半年以上、私たちは何もかもが早かった。瑞々しい熱情と盛り上がりは無かったものの、互いの日常に組み込まれるのもまた、乾いた大地が水を飲み込むように当たり前に早かったのです。大地の乾きがなくなり新しい植物が根を張り始めてもなお、私は彼の横顔を眺めるたび、彼の指が触れるたびに高揚します。少女のようにどきどきと苦しくなるのです。K、あなたはどうですか。ちゃんと私に恋できていますか。

 

多分私はしばらく昨晩のことを忘れられません。とても深い深い痛みと絶望と喜びを得ました。

膝立ちの私の左の頬に、ご主人の平手が飛んできた時のことを。あまりの殴打に耳が鳴り、頭の奥底を虫が飛び回るようにざわめかせたことを。彼が一度叩くたびに、私は泣きながら笑います。そして言うのです。「大好き」。

 

「大好き」と笑い一発の平手、

「大好き」と笑いもう一発、

「大好き」と叫んでもう一度。

 

それは私の重すぎる愛情を掌で掬われているような感覚でした。私たちは何度も何度も狂ったようにそれを繰り返したのです。

 

そのあとはもう、ぐちゃぐちゃでした。子宮の真上をめがけた拳での殴打。腰が引けて怯えて、吐き気と痛みが鈍く襲ってきて立ち上がれないのが何度も、何度も。嗚咽と歔欷が絶え間無く漏れ、涙と唾液で顔は汚れていました。

少しでも動かなくなって伏せば額を擦り付けるように彼の足が頭を抑えつけます。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ちゃんとします、できます、いいこにします、ごめんなさい」

追い詰められて、許されて。痛みの感覚さえ薄らぐほどに意識は朦朧としてきます。私の体は微塵の快感も見過ごさず、主人に奉仕をしているその間も、胸の先端、鎖骨の下、首筋、脇腹を彼の足に擦り付けるように蠢きました。それを責めるようにまた一発、蹴りが。拳が。それでも私の性器は可哀想なほど濡れ爛れていました。指を挿しこめば離すまいとうねり、それは座った床を濡らすほどに。もう苦しいのか、幸せなのか、痛いのか、気持ちいいのかわかりません。ぐたりと臥せる私を抱き上げて彼は笑いました。「おいで、アリス」。

 

赦された。

 

彼の美しくて冷たい、そのくせ目だけは欲情して熱くなったその温度差に、くらくらいたします。私はそっと彼に体を預けました。

 

 

 

出会った頃の私たちはとてもとても愛情と悦びに飢えていて、構築することよりも求め合うことで精一杯でした。毎日が驚きに満たされ、日常を歩む喜びよりも好奇心とアトラクション的楽しさが圧倒的に優っていました。その頃に比べると、私達は随分深さを求めるようになったものです――私が、あるいは二人ともが、大人になったのかもしれません。

 

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▼より良い生活をと願って私が作った食事達。

 

そう、例えば。

Kはもう、私が食卓に何を並べても驚きません。牛肉のカルパッチョ、鴨のコンフィ、凝った和食だろうと、イタリアンだろうと。ただ有難がって美味しいと褒めながら食べるだけ。私が作る料理は彼の日常に組み込まれていきました。それがどんなに幸せなことか、私は知りませんでした。

そう、例えば。

私はもう、眠るKに遠慮してキッチンを使うのをやめたりはしません。私たちは独立した生活を二人でしています。「同棲?一日中恋人と一緒にいられていいね」――そう言われますが、決してそうではないのです。恋人と一緒に便利な暮らしをするのではなく、便利な暮らしを恋人と一緒にするのが私たちの生活の形です。私がキッチンで映画を見ながらお料理をして、Kは寝室でのんびりと動画を見ていることもあります。私がリビングでぐだりと本を読んでいて、Kがせっせと掃除をすることもあります。その幸せを、私は今まで知りませんでした。

 

悲観的なこと言うようですが、私は私とKの恋人としての幸せがいずれ薄れていくことをきちんと覚悟しています。暮らしの中に互いがいるのが当たり前になり、そのことへの感謝も心地いい違和感もいつかなくなっていく。でも、それでいいと思っています。私はそうなりたいのです。

私と過ごす全てが日常に溶け込んでいけばいい。いつかそれを無くした時に悲しむくらいに。生活ができなくなるくらいに。人を二度と愛せなくなるくらい甘ったるく生活の根底に流れ続ければいい。

 

その日常の中に確かにあり続け異臭を放ち続けるのが、私たちの伽の時間なのだろうとそう思います。

彼はいつも足りない、足りない、足りないと言う。私がどんなに溺れてもどんなに壊れても、彼はまだまだ足りないと私を追い詰めるのです。その熱情だけは、ずっと出会った時から変わりません。

 

どんなに日々が当たり前に流れていこうと、私たちに正常と清浄の青色なんて見えないのです。どれだけ穏やかな日々を送っていても、どれだけ月日が流れても、多分彼の奥底の渇きがあり続ける限り私たちは壊れるまで求め合います。

 

だからこそ怖いのかもしれません。私は彼の渇きがなくなってしまうのが怖い。セックスがなければ愛しあえないのかと言えばそんなことはないはずで、私は何がなくとも彼と幸せな日々をおくることはできます。でも、こんなにも愛し合う時間があるからこそ、穏やかで距離のある共闘者として手をつなぐことができるのでしょう。

 

私は彼の熱情に生かされている。彼の熱情とともに死ぬ。それは案外正しい生き方なのかもしれません。

 

ご主人、あなたはいつまで私に興味を持ってくれますか。いつまで私に触れてくれますか。いつまで私で興奮してくれますか。いつかがくるまえに、私は死んでもいいですか。わかりきったことを問いかけて、私は眠る彼の額にキスをしました。今夜はここまで。また明日から日常がやってきます。