ヰンダルジェンス

はやく主人公になりたい。(日々を可能なかぎり文学的に書き残す、私なりの彼との全記録)

崩る、

魔夏、夜風に魘されて眠れずにべたついた体を寄せ合うのが好きです。息がつまるほど暑いのに、体が汗に濡れれば濡れるほど、抱き合った時に皮膚同士がひたひたとはりつくのです。

いつかご主人が言ったのです。「このままずっと強く抱きしめていたら……」「なあに?」「肌が溶けて一つになってしまえないかな」。そんな感覚を味わえる夏の夜。暑さも悪いことばかりではなさそうです。

 

さて、前々から和装は大好きだったのですが、我流での適当な着付けしかできていませんでした。そんなこんなで着付けを手習いし始めたのが6月ごろ。昨今いよいよ先生からお許しを頂き、着物で出かけることが増えてまいりました。世の中には和装に寛容な方がとても多く、ご主人と二人歩いているとよく目立ちながらもそれなりに好意的な視線で見ていただけることが多いような気がいたします。(尚、お祭りなんてあったっけ、という顔の方が半分。)

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▲ご主人撮影。お祭りを眺めて。ご主人からこんな風に見えてるんですね。

憧れのお太鼓結びです。女性の着付けは奥が深い。お恥ずかしい話ですが、今までの我流の着方や着流し方がどれだけ汚かったか、学んで初めてわかりました。やはり無知とは恥、規則は守るためにあるのです。

もちろん、現代風の着物のアレンジも嫌いではありません。それ相応の面白さと楽しさがあることを理解した上で、私は型を守った着付け方を学ぶことを決めました。

 

私は基本的に、自分に自信のない人間だと思います。正確にいうのであれば、自分の才覚を誇る非常に居丈高な面と、恐縮し怯える子供のような面、その両方を抱えアンバランスに暮らしています。思えば、そんな自分の両極端な性質を、誰かに壊されたいと願いながら生きてきた泡沫の日々でした。

そんな私が、着物を着ると少しだけ背筋が伸びて前を向いて歩けるようになります。それはひとえに、私が着物というものを、「主人に崩される為の」と心得ているからです。ご主人のために美しく着付け、私の歪な体を綺麗に包み込み、いつかご主人にそれを壊されて、最後に残った私の核を舐め尽くすように愛される。

そのことが私に生きていく上での指針を与えてくれているのだと、気づいたのはまだ最近です。

 

――ご主人の前に立ち、私は固く結び止めた帯締めを指先でほどきます。ああ、あんなに時間をかけて作ったお太鼓がばらばらと崩れ、帯がだらしなく床に落ちました。ご主人が私の帯揚げに手をかける。帯枕でかろうじて支えられていた芸妓のように垂れた帯は、その支えを失って私の足元に円を描くように散らばってゆきます。

ご主人は私の手を引いて、帯の内側から私を引き上げました。着物の上の伊達締めも、腰紐も。ご主人はいとも簡単に剥がしていくのです。手つきはなんだか、身ぐるみを剥がされる私を憐れむようで、時折私の顎をあげさせて接吻が施されます。私はぐっと涙を堪えご主人を見上げました。正絹の薄手の着物を丁重に扱うように脱がすと、襦袢一枚の私は随分身軽に涼しくなるのです。

着飾った服や、その為の私の努力はご主人の目の前で一枚一枚、私の皮膚から削ぎ落とされていきます。肌着だけを身につけた私は、ソファに深々と腰掛けるご主人の足元にぺたりと座り込みました。

恐る恐るご主人の顔を見上げると、冷たい視線が私の肌に染み込みます。「脱ぎなさい、」彼がそう言うと私はまた泣きそうな顔で首を横に振りました。許されんと顔を見つめても、ご主人は相変わらず綺麗な顔で軽く顎を上げ、片方の頬をぴくりと動かし笑うだけ。観念して肌着を落とすと、締め付けた紐の跡がそこかしこに残る私の肌が主人の目の前晒されます。私の首に赤い首輪を掛けながら、ご主人はぞっとするほど甘くて優しい顔で仰います。

「可愛いね」「綺麗だよ」「大好きだ」。

手櫛で髪を触り、眼窩をなぞり、頬を押していたご主人の手に猫のように擦り寄ります。ああ、甘やかしてもらえる。幸せだ。とろけそうな心持ちでご主人の手の温度を感じていると、ふっとその手が離れて首にかかりました。

 

……”この子の首を絞めたい”というご主人の欲望が私たちの関係をはじまらせたなら、ご主人の欲望を終わらせ行き着く先は絞殺なのではないか、といつも考えます。

彼の指は気管を絞めるなんて愚かなことはしません。頸動脈に指を食い込ませ、上に向かって持ち上げる。私の顔色が刻々と変化する様を、彼は愉快そうに見ている。じわりじわりと私の意識は白濁していき、限界を見計らってご主人はその手を解き、崩れた私の体を抱きしめます。

その時とても驚いたのです。ああ、聞こえていなかった。首を絞められている間、日常の些末な音が遠のいていたのです。薄靄のかかった音響の中、静かに響くご主人の息と私を呼ぶ声。それだけを頼りに私は自分の意識を手繰り寄せ彼の首に抱きつきました。

 

ご主人の真っ黒な欲望を前に、甘やかしてもらおうと考えるのは意味がないのです。どれだけ媚びようと、どれだけ脅えようと、逃げようとしても、ご主人は絶対に私を逃がしません。いいえ、私もそれを望んでいるのかもしれません。

左の頬を何回も何回も叩かれたとしても、ご主人が私に「動くな」と言えば私は動けないのです。顔を背けて衝撃を躱そうともできない。ただただ、来る殴打に只管耐えるだけの時間。しまいにはあまりの殴打に耐えきれず、私はぼろぼろと泣きながらご主人を見上げる始末でした。一方彼は愉快そうに笑っています。

煙草を召し上がるご主人の足元、私は四つ這いになって彼の足置きになります。その時、鏡面加工の施された家具にぼんやりと映る自分の体を見て、私は崩された自分を、少しだけ美しいと思いました。

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――正直にいうと、ひどいことをされた時の方が私は輝いているような気がします。「泣いている顔も、気を遣っている時の顔も非常に良い」とご主人はおっしゃいますが、私がご主人とのセックスを思い出す時いつも刻まれているのは痛みや恐怖、そしてその中で綺麗に冷たく笑い続けるご主人の美しいおかんばせのみなのです。

痛みを伴う調教の時間のあと、体のあらゆる性感帯を嬲られている間も、私の理性は恐怖と快感の間を揺れ動いています。どれだけ喚こうが絶対に終わらない異常なほどの快感は、時に恐怖より深く精神に作用し私は追い詰められてまた泣きます。

私はご主人の指が、舌が、視線が、怖いのです。痛みとの落差が大きければ大きいほど、ぐちゃぐちゃに壊された自己がご主人の望むように作りかえられていくのがわかるのです。もうきっと、私の体のどの部分も、ご主人以外では恐ろしい違和感を覚えるに違いない。そう思うと、恍惚といたします。壊されて作り直されて、永遠に隣に置いてもらえるという歪んだ喜び。

 

そんなセックスばかりしていたら、多分私はもう他の人との情事で快感にありつくことなどできないのでしょう。でもそれでいいのです、

 

私はあなたに崩されるために生まれてきたんですから。