ヰンダルジェンス

はやく主人公になりたい。(日々を可能なかぎり文学的に書き残す、私なりの彼との全記録)

酔狂、三日月、レミーマルタン

 

世は三連休、お月様程度には正確に暦通り動く私たちにも例外なく海の日の恩恵はやって参りました。

さて、連休の始まりはKと私、二人で避暑地へ。金曜の夜、仕事からせかせかと二人帰ってきて出かけました。仕事で嫌なことがあってシャワーを出てからぐずりタオルに包まる私を慰め諭し、なんとか出発できたころにはすでに夜。Kの車に乗り込みすっかり機嫌の治った私は助手席で悠々と鼻歌を歌っておりました。

最近は日本のどこもかしこもずいぶん暑くなってまいりましたから、避暑の素晴らしさが身にしみました。

▼某避暑地にて撮影。アナベルが見頃です。庭はすっかり青々として気持ちようございました。

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二日目の午前中は晩酌のアテなどを買い込み、午後にはご主人とドライブへ。少し辺鄙な場所にあるなんとも美しい骨董品屋さんを尋ねました。

美しい義眼や天文の道具、昔の本が立ち並ぶ中二人で目をつけたのは"スプーンリング"というアクセサリーです。スプーンリングはその名の通り、スプーンの絵をぐるりと巻いて指の形に添わせたもの。なんでもかつて貴族の家では、使わなくなった銀食器をこのようにアクセサリーにして持ち運ぶ習慣があったとか。

それもそのはず銀食器は大変高価であり、さらに家族の歴史を長く刻むものですから、先祖の温もりというか血の流れというかおぞましい歴史というか、そんなものを感じるには素晴らしい習慣だったのでしょう。

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購入したリングがこちら。本当にラッキーなことに、番った柄のリングがございました。さらにラッキーなことに、一つはKの、ひとつは私の指にぴったり。ちょっとした記念にと、二人で揃えのものをいただきました。

Kは冷静に「同じメーカーなだけかもね」とおっしゃっていましたが、私はこんな妄想を禁じ得ません。

――Kの指と私の指にあるこのスプーンの柄は、かつて同じお家の、同じテーブルの上、寄り添うように並んでいたのではないかと。そうであったらどんなに良いでしょう。長い長い時を経て、番いの食器は、一組の生き物の絡み合う指の付け根に収ったのです。どれだけ隣に寄り添っても触れることのできなかった二つの銀食器は、ようやく夜毎、生き物たちの指が触れ合うたびにかちかちと音を立てることができるようになった。それはさながら接吻、情事、睦みあい。いやはやなんとも酔狂、酔狂。

……我ながら大した想像力です。いつかそのスプーンが見た歴史を小説に書いてみようかしら。

閑話休題。避暑地での夜は快適で、テラスでお酒を嗜みました。

燻製にした鶏ハム、卵。ローストビーフ、キッシュパイ、サラダ。地ビール、赤ワイン、白ワイン。Kが酷く酔い出したのは、レミーマルタンのLouis XIIIを空けた頃から。本人は大失態と嘆いておりましたが、随分ご機嫌にお酒を飲んでくださったようなので私は大満足です。

 

さて、避暑地から帰ってきたのは日曜の夜。というのも私たちには日曜の夜の愉しみが待っていたのです。

その日は鋭利な三日月でした。少しばかり気温が下がった午後七時、すっきりとしたラフな服装で二人で並んでお出かけです。なんていい連休なのでしょう。だって日曜日、それでも明日はおやすみ。お出かけをして帰って来て厭らしい遊びに興じたとしても、まだ明日はおやすみです。

Kと私は食に偏執いたします。私が料理が趣味なのもあり、中途半端な居酒屋さんへ行く頻度は大変低く、代わりに外食といえばとびきりの贅沢と美食を求めます。まさにグルマンティーズ、悪食の虜です。

連休中美の夜を飾る美食は、もちろんお寿司。棲家からほど近い素敵なお寿司屋さんにお邪魔してまいりました。

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嗚呼、丁寧に作られた和食とはなんと美味しいのでしょう。つまみ、日本酒、お寿司、全てが本当に美味しゅうございました。ごちそうさまでした。

流石の高級寿司店、お店には稼いでいそうな男性とお美しい女性がちらほら。良くも悪くも見た目が普通に近い我々はどのように見えていたのでしょうか。「随分若いカップルが来た」と思われたでしょうか。それとも兄妹のように見えたでしょうか。私は随分傲慢なので、そのうち夫婦に見えるように成長していければ良いなあと、美味しいお魚を噛み締めながら思ったものです。

 

もちろん私と"ご主人"のことですから、何時ものお遊びもぽつぽつと。愉快そうに乗馬鞭を振るう彼、泣いて嫌がりそれでも逃げられない私。追い詰められて震える体と、輪郭を確かめるように撫でて行く彼の暖かい手。

何度も何度も尾骶骨を指で叩き、ご主人は静かすぎるほどの声でいうのです。「もっと壊れなさい」。その度に頭が壊れて行くのを感じます。気持ちいい、苦しい、怖い、大好き、体が軽くなって、ご主人の声が遠くに聞こえる、ああ、こ の ま ま 殺 さ れ て も 構 わ な い 。

ふわりと頭が暗くなって、次の瞬間頬に鋭い痛みが走りました。見っとも無い声を上げて痛みから逃げ目を白黒させる私を見て、さっきまで恐ろしいほど静かだったご主人は狂ったように笑います。

私はいつも、彼が何をそんなに笑うのか、面白いのか楽しのか、少しも理解できません。その時私はいつも怯えて追い詰められていますから、その尊く恐ろしい笑い声だけが鼓膜を刺激し軽微な悦びを脳まで届けるのみなのです。泣きながら「なにがそんなにおかしいの」と問う私に、彼は何も答えません。ただ素直に私が差し伸べた手に引き倒され、ふと表情を緩めて私の額に手を添えます。

そうして私は気づくのです、私たちの間に理解など必要ないのだと。理解し合い尊重しあい、そういうのは避暑と指輪とお寿司ですれば良い。今この瞬間、互いを理解し気遣いあう必要など、微塵もないと。

 

純然たる興奮、純然たる快楽、純然たる恐怖、純然たる愛着、純然たる所有、純然たる、純然たる――それだけが私たちを、私たちの裏側を強烈に結びつけている。その喜びといえば筆舌に尽くし難いものがございます。

 

 

表も裏も愉しみ尽くした連休があけました。私もご主人も、また素知らぬ顔をして日常生活に戻ります。私はただ、彼が会社でコンピュータのキーボードをかつかつと叩く時、握った車のハンドルを気分の赴くままに指で撫でる時、私の尾骶骨や腰の肉の感触を秘めやかに思い出し口角を少しだけ上げてくださったら良いな、と思います。