ヰンダルジェンス

はやく主人公になりたい。(日々を可能なかぎり文学的に書き残す、私なりの彼との全記録)

犬に矜恃

再三申しております通り、残念ながら私は大変生きにくい顔面をしておりまして、美人でもなければ可愛くもなく、笑顔が素敵なタイプでもなく、簡単に言えばただの卑屈な不細工です。それでもなんだか13歳だか、14歳の頃だかからお付き合いする方には困らず、概ね「あの女ブスの癖に男にだらしない」と陰口を叩かれるタイプでした。

可愛くないのにモテてる子、が居るのは世の常。かつ、可愛いのにモテない子、も居るのは暗黙の了解。私は自分がポピュラーだと思ったことは一度もありませんが、それでもそれなりに惚れた腫れたに巻き込まれた経験はございます。何故か変な方やズレた方に好かれがちで、ナンパもキャッチも殆どされませんが「一目惚れしました」と真剣に突然迫られることが複数回ありましたので、何か私からは特定の人間しか受け取れない特殊な光線でも出て居るのではないかと睨んでおります。

さて、昨今少し面白いことがありましたので、記録として。

 

私が"先生"と初めて会ったのは年の暮れ、当時の恋人との関係はその頃殆ど破綻していて、半ばやけくそで打ち込んでいた仕事の関係でお会いしたのがその人でした。

先生は書き物を生業とされて居る方でした。舞台、映画、ドラマの脚本演出を手掛ける他、バンドをされてみたり自分も演技をされてみたり、大学で教鞭をとられたり。彼は兎に角多才で社会的にも成功された方であるとは何となく伺っていたので、初めてお会いするときは大変緊張したのを覚えております。

第一印象は、「なんだか女に好かれそうな人」といった感じ。眠そうな目に高い鷲鼻がついたおかんばせは大変端正で、背も高く紳士的、かつどこか危なく不幸な香りもする。丸眼鏡と、お洒落なスーツがやけに似合う、少し崩れた感じのする不思議な方でした。

先生はどこか私を気に入ってくださり、脚本の相談をされたりよく遊びに連れ出してくださるようになりました。私達はさながら、室生犀星蜜のあわれ」の"おじさま"と"金魚の赤子"のようでした。恋愛関係はなく、肉体関係もなく、互いに惹かれるものがあるのを認めながら、押してみたり引いてみたり。

「君みたいに頭のいい女を飼いたいね」「あたしみたいな女は飼育費が嵩みますよ、御宅のワンちゃんが嫉妬しちゃう」

「先生、捕まるならものすごぉい罪で捕まってくださらなきゃ嫌よ、あたし、先生が万引きなんかで捕まろうものなら、刑務所にシャンプーを差し入れてやらないから」「この年の男が万引きってのはダサいなあ。どうせなら国家転覆罪とかで捕まりたいもんだね」「あはは」

「肉を食べるいい男、って、なんともいやらしいと思うの。ポルノだわ」「馬鹿言うなよ君、肉は人間の主食だ」

「俺は結婚には向いてなかった」「あら、そう」「あれはただの束縛だよ。結婚してる時は書くもの書くものつまらなかったね」「ふうん。結婚で幸せになろうとしてるから間違えるんじゃないの?」

「君は普段どんな本を読むの」「太宰、谷崎、永井荷風森茉莉吉屋信子中原中也、あとは」「現代作家だよ」「桜庭一樹小川洋子」「俺の本は?」「読んだこと、なーい」「読みたまえ」

「抱きたい」「馬鹿おっしゃい、こんな小娘相手にしてないでしょ」「本気だって」「あら、もう10時だわ……」

 

私と先生は少しずつ距離を置いていきました。お互いの面白さは認めていながら、堕ちるところまで堕ちることはなかったのです。

多分私は、あるいは私たちは本能的に察知していたんでしょう、お互いがお互いの人生に必要不可欠な存在にはなり得ないことを。多分、お互いがいなくてもいきていけると。

そんなこんな、先生と距離が開いている間に私はKと出会い、彼に体を預けるようになっていきました。

 

先日は先生のお誕生日でした。最近脚本をお書きになったドラマを拝見し、その感想すら申し上げていなかったので誕生日にかこつけて私は先生にご連絡を差し上げました。

どうでも良い話を少々、今恋人がいて一緒に暮らしていて、その人は同時に私にとっての飼い主でもあるとと告げると先生は一言仰いました。

「ああ、放置した自分が悪い」

私はおかしくてたまりませんでした。先生はいつもそうやって私で遊ぼうとなさるのです。冷静に考えて、先生は社会的に成功された方。私はただのうら若い生意気な小娘。一体そこになんの感情が生まれましょうか。先生は続けました。

「口説くのがとてもとても、難しかったんです」

口説き方がわからなかった」

「あなたに彼氏がいるようなのでまた創作意欲が湧く。孤独じゃなきゃ書けないからね」

「君みたいな女をね、ファムファタールって言うんだよ、全く天性だね」

私はゾクゾクいたしました。好意を寄せられていたことに、ではありません。そのことによって、自分の"犬"としての価値が高まることに、子宮がぐずぐずと震えました。

 

血統書付の犬を好む人がいるように、野良犬を好む人もいて、捨て犬を愛する人もいれば仔犬を家族と迎え入れる人もいる。時々、ご主人は誰に興奮するのかしらと思案します。簡単に言えば、どれでもないのです。

眉目秀麗で賢く一見して欠点のないKがなぜパートナーを今まで見つけられなかったのかと言うとそれはおそらく、Kが求める"犬"たるものがあまりに複雑だったからです。

彼は、「誰もが欲しがる価値を持つくせにボロボロになって捨てられている犬」を溺愛したいのです。栄養失調で毛が抜け片目も開かない犬を可愛がり躾け、ふくふくと幸せそうに元の容姿を取り戻して自分に尻尾を振るのを見たいのかもしれません――こればかりはKにしかわからないことだと思いますけれど。可哀想なものを愛したいと言う気持ち。価値を見出したいと言う歪んだ正義感。残念ながらそんな犬はなかなか落ちていなかったようです。血統書付の捨て犬なんて見たことございませんものね。

私は私をずっとただの捨て犬だと思っていました。だからだと思います、私は先生との連絡の内容を詳らかにKに教えました。彼は支配者の顔をして笑い告げました。

「先生様に言ってやったら良い、"貴方が好きだった女はね、今は別の男の犬なのよ"って」

ああ、私を所有したことで優越感を感じてくださるなんて。私のざわつきの元はこれだったのだと思います。所有される喜び。それこそKの求めるものだという自負と、陶酔。可愛くもない、美しくもない、別段特技があるわけでもないと卑屈になるのはそろそろやめにしなくてはいけないのかもしれません。