ヰンダルジェンス

はやく主人公になりたい。(日々を可能なかぎり文学的に書き残す、私なりの彼との全記録)

私たちの赤色

後ろ手に組んだ腕をKが整えて、そっと組み直させると、体がふわっと浮き上がるような気がしました。ああ、これから縛られるんだ。そう思ったら、安心したような、敬虔なような不思議な気持ちになって、私はいつも泣きそうになってしまうのです。

 

Kの最近のご興味は専ら縄遊び。麻縄を何本か揃え、せっせと丁寧な縛り方を練習しています。Kと私は出会ったその日、大きな駅の裏のだらしない喫煙所で、「縄を習いに行きたい」というような話をしていたのです。それがたったの数ヶ月前。Kはすっかり縛りの手順を覚え始め、いまではそれの応用にすっかり面白さを見出してしまっているようです。

 

緊縛の文化は前々から存じ上げておりましたが、正直言って私はあまり興味がありませんでした。日本における緊縛というと、なんだか、団鬼六のアートワークが頭に浮かんでしまします。着崩れた紫の着物、和室の梁からつるされた逆さ吊りの女性、苦しそうな表情、強調されて潰された胸、どうしても、美しいエロティックなものというより猥雑で粗で辛いものをイメージしてしまいがちだったのです。

Kが師事しているのは、現代「ロープアーティスト」として名を馳せた緊縛師、Hajime Kinokoさんです。彼の写真を初めて見たとき、私は素直にその仕事の美しさに舌を巻きました。赤い縄で縛られた女性が、神様のような表情で佇んでいる。ゴールがセックスではなく、拷問でもなく、ただ美しくあるため、美しくなるための縄を初めてみて驚きました。そしてその写真を眺めるKの横顔を眺めながらしみじみと思ったものです。「この人こういうのが好きなのね」「ああ、面白い。美しい」「この男を絶対ものにしたい」

 

話は一旦脇道に逸れますが、Kと私の関係はとても"特殊"だと思います。もちろん、恋人であり、サド/マゾの関係があるだけで十分以上に特殊なのだと思います。ここでいう特殊性とは形式的な関係の名称として、ではなく、あくまでも私たちだけの間に流れる不思議な力関係のことです。

もちろんセックスにおいて、Kが空間と肉体を支配しているのは必定。私たちはその点において完全に需要と供給が一致していて、彼の意の向くまま私は苦しみに耐え、息を殺し、時に泣いて溺れるように体を求めます。

私は彼に体を支配される時、虐げられるとき、どうしようもなく居心地が良く安心します。それがマゾヒストとしての快感なのだと言われれば、確かにそうなのでしょう。しかし、それだけではないのです。私を見下ろし嗤うKをみるたび、私は狩りをする時のような残酷な喜びを禁じられません。

私は私を支配させることで、彼を支配している。

私たちのパワーバランスが特殊で、そうでありながらもう少しのところで崩れず、絶妙に均整のとれた美しい形をしているのは、お互いがお互いの上に立ちお互いの支配者であると自覚を持っているからなのです。その、捻れ、頽れ、壊れかけた形を掬い、正して編み直し、時に舌を這わせて味を確かめる行為こそが私たちを強く強く結びつけていると、私は深くそう思います。

 

私の体には、赤い首輪と赤い縄がよく映えると、Kは言います。死体のような嫌な色をした私の肌の上に縄と首輪を這わせると、Kはいつも嬉しそうにするのです。それを美しいと、綺麗だと。彼はそう言います。

私にとってそれらの赤いものたちは、自分を形作る籠なのです。本来ぐにゃぐにゃとして、人の形を保っていない私の自我を固めるように赤い縄が体を囲む。それで形作られたヒトガタの中で、私は静かに息をして目を開きます。その時に見えるいつになく真剣なKの鋭い目つきを見るたび、やはり私は繰り返し、繰り返し思うのです。

『ああ、絶対にこの男を手放さない』。

それは残酷な気持ちです。蟻地獄で餌を待つ生き物もこんな気持ちなのでしょうか。深く深くへ落ちてくる彼を、私は息を殺して待っているのです。しかしその残酷さはあまりに純粋であるがゆえに狂気、それと同時に神に祈るような敬虔な気持ちにもなるのが、なんとも不思議です。そう思わせているのは、もしかしたら私が彼に支配されることを心の底から望んでいることの証明なのかもしれません。

 

こんなことを言ったらまたKに怒られそうですが、私の目に彼は抑圧された子供のように映ることがあります。甘え上戸で人懐っこいと多くの人に思わせうまく付き合っているくせに、本質的に自分をさらけ出して甘え、承認を得て安心することができない人なのです。

だから私が彼を受け入れることは、彼を籠絡して行くことに他なりません。Kは頭のいい人ですから、自らわかって私の罠に嵌りに言っているのだろうと思います。でもそれはお互い様。彼が私を美しく縛るたび、私は涙が出るほど嬉しいのです。そうして、悍しいほど獰猛な自分の本質に気付く。

 

Kの憧れだった赤い縄や赤い首輪は、今はもはや私の形を作る枷、籠、あるいは容れ物になっています。彼は、私という存在をその容れ物を通して感じるのです。入れ物の中に何が入っているか、そっと箱を振って確かめて見る。予想通りの音がなる。そっとその箱の蓋を開けて、安心する――今夜も私は赤い首輪を身につけます。赤い首輪のリードの先、彼の握る手綱もまた赤色なのです。

 

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