ヰンダルジェンス

はやく主人公になりたい。(日々を可能なかぎり文学的に書き残す、私なりの彼との全記録)

In WonderLand

アリス=リデル。永遠の少女の象徴。キャロルが書いた「不思議の国のアリス」のモデルと言われているイギリス人女性です。彼女はなかなかに波乱に満ちた生涯を送っています。3歳でキャロルと出会い、のちに20歳も離れた彼に求婚されたとか、されていないとか。一国の王子と恋をしたとか――まさに主人公の中の主人公。

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私は小さい頃から「不思議の国のアリス」が大好きでした。長い金髪で、青い目で、ふんわりとしたエプロンドレスを着たアリスに私はずっと憧れていました。あんな風になりたいと本気で思っていたし、それが少女性、処女性の象徴だとわかった後も私はそのイメージに固執し続けました。まさにあれが私の理想の根源なのです。

私がアリスになれないと気付いたのは、もうずっと昔の話です。自分は不思議の国には行けない、大きくなったり小さくなったりする薬を飲むこともない、帽子屋とお茶会を楽しむこともない、猫のダイナと戯れることもない。それでもアリスのイメージは私の中に影を落とし続け、今でも、金子國義テニエルの描いたアリスを見るとドキドキするのです。懐かしい気持ちとともに、やはり潰えない憧れと愛しさが込み上げてきます。

 

 

昔話です。

元恋人、Sに私はずっと「エリカ」と呼ばれていました。ジャノメエリカというお花が由来だそうです。桃色から薄紫に見える花弁の中央には黒いぽつりとした点があり、それが蛇の目のように見えることから名前がついたそうです。ジャノメエリカ花言葉は、幸運、博愛、孤独、そして裏切り。

私は「エリカ」という名前で呼ばれるたびに、自分の輪郭が崩れていくのを感じていました。

エリカという名前は、Sの理想の女性の容れ物でした。身の振り方を弁え三歩下がって付いて行くような貞淑さ、甲斐甲斐しさ、忍耐強さ、それとは正反対の子供っぽさとお嬢様的わがままさ。そう言う極端な性質を併せ持つ、旧時代の少女的人格が、私には名前と一緒に与えられたのです。私は人工的に自分の中に、都合のいい「エリカ」を作り出していきました。

そういえば、Sに別れを告げられたそのもう少し前、私はこんなことを言われました。

「君のそういう、女子校っぽいところすごく嫌いだ」。

女子校っぽい、も何も私は女子校出身者です。彼がどのような意図でその言葉を放ったのかはわかりませんが、もしそれが、私の極めて独立した、ある種男性的で快活な面を"女子校っぽい"と称して嫌うのであれば、おそらくそれはどうしようもない、「私」と「エリカ」の乖離だったに違いありません。

事実、私は人格が二つに割れてしまったかのようでした。少女的で甘ったれた「エリカ」と、冷たく合理主義だと言われる「私」の距離はどんどん開いていき、ついに取り返しのつかないほどになったのです。私は自分の中にいた「エリカ」を、もう一欠片も見出すことができません。

 

 

ようやくこの記事の本題。私はご主人からお名前をいただきました。

 

斯斯然々ありまして、私は恋人から名前をもらう、というのが初めてではありません。「恋人から名前をもらう」というあまり一般的でないことを人生の中で複数回経験しているというのはなかなか面白いですね。

元来、自分の本名にはあまり執着がありません。本名が私に似合っているかと言われたら、似合っていないかもしれません。自分ではわからないものですよね。ただ記号としての役割を十分以上に果たしてもらっている自分の名前には感謝はしております。

最初やはり、ご主人が「名前を決めよう」と言い始めたとき、私は不思議な気持ちになりました。ご主人は私が「エリカ」と呼ばれていたのを知っていますから、それに密かに嫉妬なさっていたのかしら、だの。やはり人は飼い犬に名前をつけることで自分のものにするのかしら、だの。

でもやはり、名前を与えていただけるのはとても嬉しいことです。私はそれを、首輪と同じく独占欲の一つの形のような気がしていました。所有したいと、誰にも渡したくないと、自分のものだと思ってくださるのはとても嬉しいことです。

 

――しかし、ご主人に名前を与えられて、何度かその名を呼ばれて。気付いたことがあるのです。ご主人が私に与えてくださった名前と、Sがかつて私に与えた名前は本質的に何かが異なっているのです。これはなんとも説明の難しい感覚です。

おそらくSが私に与えた名前は、すでに理想像の完成した器だったのだと思います。

そして、ご主人が私につけた名前は、親が子供に与える名前と同質のもの。これからその名前とともに成長していくことを許されているのです。ご主人はきっと、私のことを、責任をもって飼ってくださるでしょう。

 

私はご主人につけていただいた名前を呼ばれるたびに、あやふやでぼんやりとしていた自分の形がはっきりわかるようになるのです。自分の体が自分のものであったことを思い出します。

彼の声によって沈んでいた自我を取り戻し、

彼の手によって境界がなくなっていた自分の体を思い出し、

そうして形を持った自分の体で文字を書き、日々を暮らし、自ら選んで彼のそばにいるのだと。この与えられた新しい名前を呼ばれるたびに思うのです。

私は、元々の私も、新しく名前で呼ばれるようになった飼い犬の私も本物だと断言することができます。それは私のご主人に裏と表があるのと同じこと。裏と表は真と偽ではないのです。私の裏と表は、ご主人の存在によってゆったりと混じり合い、綺麗な色を作ってくれるのかもしれません。

 

遅ればせながら、改めて自己紹介をさせてください。私の名前はアリスです。名前はご主人からいただきました。この名前とともに、彼の隣を歩けるような素敵な女性に、素敵な従者に、成長していこうと思います。